DDH治療について検索しまくっていた、あの頃の私へ

DDH治療

― 不安の真ん中にいるあなたに、今だから伝えたいこと ―

① 導入|あの頃の私へ

なんで、うちの子が?

私の抱っこのせい?

検診では「大丈夫」って言われたのに。

何でこんなことになったの。

これから、どうなるの?

診断された直後の私は、

頭の中がずっとこんな言葉でいっぱいでした。

夜、子どもが寝たあと。

スマホを握りしめて、何度も何度も検索しました。

  • 股関節脱臼 原因
  • 股関節脱臼 治療法
  • 股関節脱臼 大人になったら
  • 股関節脱臼 運動

知りたかったのは、たぶん「正しい知識」だけじゃない。

この子の未来は大丈夫なのか

それを誰かに保証してほしかったんだと思います。

手術になるの?

歩けるようになる?

装具はいつまで?

この子の人生、本当に大丈夫?

検索結果を読めば読むほど、

「重い手術になった人もいる」「大人になってから痛みが出る人もいる」

そんな言葉ばかりが目について、

不安はどんどん大きくなっていきました。


② あの頃、検索しまくっていた言葉たち

今思い返すと、

よくこんな言葉ばかり検索していたなと思います。

  • DDH 手術 何割
  • DDH 完治
  • DDH 治療法
  • DDH ブログ
  • DDH 程度

不安な気持ちで検索しているから、

自然と“怖い情報”に目がいく。

今なら分かります。

そりゃ、不安になるよね。


③ あの頃の私が一番知りたかったこと

DDHの原因は?

一昔前は「先天性股関節脱臼」と呼ばれ、

生まれた時から脱臼しているものだと考えられていました。

でも今は、

生後しばらくしてから、徐々に外れていくケースが多い

とされています。

調べれば調べるほど

「私のせいだ」といわれている気がしました。

検索しなければいいのに、

ネットを見ては落ち込む、

このループは治療が進むまで、

なかなか止められませんでした。

でも、治療が始まり、

少しずつ前に進むようになると、

過去よりも「今」と「これから」に

目を向けられる日が来ます。

私は、そうでした。


具体的な治療は?

治療は、DDHの重症度によって決まります。

うちの子は、いちばん重い状態でした。

  • リーメンビューゲル装着  生後半年くらいまで、寝返り前の子に使われる装具。 本人の負担が比較的少なく、 軽度〜重度含めて約8割が整復されると言われています。

ただ、整復される場合は、

最初の数日で整復されることが多いそう。

うちの場合、改善が見られず、

「もう一度試すか?」という話も出ましたが、

症状に合っていない状態で無理に続けることで

大腿骨頭壊死になる可能性も知り、

牽引治療へ進む決断をしました。

牽引による整復  子どもにとっても、親にとっても、 リーメンビューゲルより負担は大きい。

でも、ほとんどのケースが整復されるという説明を受け、覚悟を決めました。


整復した後は?

  • 年に1回程度の通院
  • 骨の育ちが悪ければ、就学前に手術
  • その後も、成人するまで年1回の経過観察

「治ったら終わり」ではなく、

長く見守っていく病気です。


発達は取り戻せる?

牽引などで身体を動かせない期間があっても、

その遅れは半年~1年ほどで追いつくと言われています。


親の選択は、間違っていなかった?

治療中、何度も考えました。

あの時、別の病院に行っていたら。
1ヶ月健診の時に、もっと強く相談していたら。
もっと調べていたら。

「違う未来があったんじゃないか」と。

でも、その時の私は、
本気で、この子のことを考えて選んでいました。

その時できる精いっぱいの判断だった。
適当に決めたわけでも、手を抜いたわけでもない。

今になって分かるのは、
自分の努力や行動だけでは、どうにもならないこともある、ということです。

それを受け止めるまで、
たくさん悩んで、たくさん落ち込みました。

でも、ちゃんと立ち止まって、
また少しずつ前を向ける日が来ました。

そして今は、思います。

過去を悔やみ続けることよりも、
「今ここから何を選ぶか」を大切にしたい。

今この瞬間も、
最善を選び続ける。

それが、親としてできるすべてなんだと思います。


④ 今だから言える「当時は分からなかったこと」

正直に言うと、

入院よりもしんどかったのは、

ギプス以降の自宅での生活でした。

病院では、

「治療していることが当たり前」の世界。

でも自宅での日常生活に戻ると、

外に出られない現実、

動けない現実を突きつけられる。

SNSで同じ月齢の子を見ると、

もう歩きそうだったり、

大人みたいなごはんを食べていたり。

比べない方がいいと分かっていても、

心がざわつく。

でも一方で、

動けないからこそ、

周りに手を貸してもらいやすい時期でもあります。

今思えば、

「今のうちに自分の時間を楽しむ」

それも、ひとつの選択でした。


良い意味で、拍子抜けしたこと

リーメンビューゲルも、

牽引も、

ギプスも、

装具も。

最初は、怒り狂うほど泣くけれど、

2〜3日で慣れてしまう

そして、

「今できること」で、

全力で楽しんでくれる。

脚が使えないなら、手を使えばいい。

そんなふうに言っているみたいに、

手先がどんどん器用になっていきました。

動き回れなくても、

成長は、ちゃんと続いていました。


⑤ もし、あの頃の私に一言だけ言えるなら

足をぐるぐるにされて、

引っ張られて、固定されて、

お風呂にも入れなかった毎日。

だからこそ、

今の抱っこが、たまらなく幸せ。

お座り姿が、何倍も愛おしい。

お風呂の時間は、

家族みんなの楽しみ。

あの頃を、みんなで乗り越えたからこそ、

今の日常の一瞬一瞬が、

とても尊く感じます。



⑥最後に

今、1歳2ヶ月。

日中の装具が外れて3ヶ月、

夜の装具が外れて、もうすぐ2ヶ月。

ハイハイで縦横無尽に動き回り、

もうすぐ立ってしまいそうです。

治療中は、

こんな未来を想像できませんでした。

でも、当たり前だけど、

装具は取れます。治療は終わります。

ベビーカーにも、

チャイルドシートにも、

抱っこ紐にも、すとんと乗れる。

どこへでも行けるようになります。

その日を楽しみに、親自身が無理せず、

できる日だけでいいから、

少し肩の力を抜いて過ごしていけたらと思います。

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